マナーとルールの違いを理解しよう!マナーってなんのためにあるの?

近頃、
「マナーって何のためにあるの?」
「外見や第一印象で人を判断する世の中ってどうなの?」

といったマナーに関する疑問の声を聞くことがあります。

そもそも「正しいマナーとは」どのようなことを指すのでしょうか。
わかっているつもりでも、いざ説明するとなるとパッと返答できない方も多いかもしれません。

マナーは守らなければ罰則が設けられているルールや規則とは違い、定義がとても曖昧です。
人によって様々な考え方や伝え方があるので、たまに誤解を招く原因にもなります。


では、
正しいマナーとは?
マナーはどうして必要なのでしょう?
マナーを心得ている人とはどのような人でしょう?

その答えは、マナーの本質を正しく理解することで見えてきます。


この記事では、マナーとは何かを私の主観を交えてお伝えしていきますね。


正しいマナーは、ひとつとは限らない


現在、書店を訪れるとたくさんのマナーに関連する書籍が並んでいます。
また、日本には様々なマナーを教える講師もたくさんいます。

しかし、マナーを教えているのは書籍やマナー講師だけではありません。
考えてみてください。
幼い頃、母親から挨拶の仕方や箸の持ち方、学校では先生や先輩など目上の人への態度、会社では上司や取引先に対するビジネスマナー、接客マナー・・・

皆さんが成長してきた過程では、たくさんの人たちによって様々なマナーを教わってきたのではないでしょうか。


そして、その中でこのような疑問を抱いたことはありませんか?

「え?親からはこう教わってきたのに・・・」
「前の会社ではこう習ったのに、ここは違うの?」


マナーには色々な考え方があり、生まれた国、育った環境、時代、文化、地域、会社、家庭、宗教など、
多くの要因によって培われるものです。

日本での常識が外国では非常識、そのような話はよく聞きますよね。


マナーは、規則やルールとは違い、「こうでなくてはならない」といった断定的なものではありません。
まずは、マナーとは型にはめて考えるものではないことを理解しておく必要があります。



『ルール』と『マナー』の違いを理解する

「しきたりや作法」と「マナー」は似て非なるものです。

しきたり・作法・儀礼」「マナー」


「しきたり・作法」を英語に置き換えるなら「ルール」です。

交通ルールや社内ルール、学校の校則など、私たちが社会生活を送る上で多くのルールが存在します。
あらゆるコミュニティで、このようなルールが存在しなければ、何が良くて何が悪いことなのかを図る基準がなくなってしまいます。

そして、ルールに必要なのは「正しさ」です。
ルールを守ることが正しいと考えるからこそ誰もが従います。

しきたりや作法は、正しいことを行うという目的によって存在します。



一方、マナーはどうでしょう。
マナーとは本来、ルールブックに書かれているような規則でなく、マナーが悪いからといって罰則があるわけではありません。

先述したように、マナーとは国、地域、環境などの要因によって培われるものですから、一定の事例やテクニックを暗記して実行するというものでもありません。


マナーは、場所・時代・相手の立場などを考慮して、臨機応変に使い分けなければいけないものであり、しきたりや作法に見られる型やルールとは全く異なるものです。


「しきたり・作法」がルールであるのに対し、マナーは「礼儀」と考えるのがよいでしょう。

ここで使われる「礼」とは、人が誰しも持ち得ている「思いやりの心」です。
「儀」はその心を行動で表すための型や方法です。

大切なのは、まず初めに人を思いやる「心」があるということです。


マナーとは「人に対する思いやりの心を行動で表すこと」である。

これこそがマナーを考える上での本質であり、どんな時代、場所、環境、相手によっても変わらない普遍的なものです。


マナーとは個々の秤によって判別されてしまうもの

「礼儀」という言葉を少し考えてみましょう。


礼装、儀礼、令状、謝礼、失礼・・・
日本には「礼」がつく言葉がたくさんありますね。

ある煎茶道の指南書に書かれている言葉が、非常に興味深いものでした。

それは、私たち日本人は昔から礼儀を重んじる国民で、私たちの心の中には礼儀作法にかなっているかを判別する秤が備わっているというものです。


物事の良し悪しを判別する秤を持っているのは日本人に限ったことでありませんが、礼儀を重んじる日本人はとりわけこの秤が精密であるといっていいかもしれませんね。


ここでひとつ注意しなくてはいけないことがあります。

マナーとは一人一人に備えられた秤によって反映されるものですが、この秤の精度が人それぞれ違うということです。

このサイトを訪れてくださっている方は、人に対して失礼になってはいけない、居心地よいお付き合いをしたい考えておられることでしょう。

そんな皆さんはすでに良質な秤を持っており、さらに精度をあげたいと願っておられると思います。


これは、マナーの本質である人を敬う心、思いやりの心、それをきちんと相手に伝えたいという向上心のあらわれです。
この向上心は教養となり、やがては品格となって表れます。



相手への思いやりを自然に行動に表せる人は、空気さえも変えるなんともいえない品格と美しさを持っているものです。

私自身もそういった人に近づきたいと常日頃思っています。


マナーとはごく自然に身についた振る舞い

マナーは、自然と身についた振る舞いであることも大切です。

とはいえ、これはさほど難しいことではないと私は考えています。

繰り返しになりますが、なによりも大切なことは相手に対して常に謙遜でつつましく、相手を思う心を持ち、それを言葉や態度、行動に表すことです。

そのために型や作法が必要ならば、繰り返し練習すればいいのです。


ぜひ積極的に行動に表してみてください。
「ありがとう」「ごめんなさい」言葉ひとつでもいいのです。

しきたりや形にとらわれるあまり、行動できないというケースもよく聞きますし理解もできます。
しかし、心が伴っている行動は、多少の間違いがあっても相手にとってはそれほど悪い気持ちにはならないのではないかと思うのです。

万が一、失礼なことをしたと感じたら後日お詫びすることもできます。
何よりも、人の思いやりからくる行動が、形にこだわった誤ったマナーの解釈によって相手の気を損ねるようでは、世の中が窮屈になってしまうばかりです。

これは逆の立場でもいえることですね。
多少マナーに反していると感じても相手から自分に向けれた思いを感謝して受け取ることが、正しいマナーへの理解です。


外見だけでなく内面の美しさを磨く


美しい食事のマナーを身につけることの目的は、同席した人たちが楽しく語らいながら食事し、心地よい時間を共有をすることにあります。

マナーを知ることで「ゆとり」ができ、同席者にとっても心地がよく、話に花が咲きます。

自分がどう見られるかを気にしすぎたり形ばかりのマナーでは、ゆとりができるどころか、自分にとっても相手にとっても窮屈で居心地悪いものとなってしまいます。


マナーを心得ている人は、見た目や身のこなしだけではなく、内面からも豊かな魅力があふれ出ていています。相手に「この人と同席してよかった」と好印象を残せる人です。



これは食事の席に限ったことではありません。
暮らし、ビジネス、接遇、お付き合い・・・人と関わるあらゆる場面において、考え方は同じです。


まずは常に、自分ではなく相手の心に意識を向けましょう
そして、どんな行動によって相手が居心地よいと感じるかを考え、実践することが大切です。

こうして磨かれる内面の美しさこそ、マナーの第一歩と心がけていきたいものですね。